ベルマークのない自由帳

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有益と無益の境界例

ガン細胞の生存戦略を支える「エクソソーム」とは何か

ガン細胞の転移に深く関わるとされている「エクソソーム(Exosome)」。
研究も始まったばかりで不明確なことも多いですが、現時点でどこまでわかっているのでしょうか。
 
Summary
  • エクソソームは細胞間のコミュニケーションを担う細胞外小胞の1種
  • がん細胞は他の細胞より20%多く放出して体内をうまく渡り歩く
  • エクソソームを利用してガンの早期発見、転移の抑制、疾患の治療が期待されている

発見は30年前?

近年耳にすることが増えてきたエクソソームですが、発見は30年ほど前だそうです。
当時はアポトーシス(※1)という「細胞の自殺」の結果生まれた不要物、つまり「ゴミ」と考えられていました。
 
それから時を経て、2007年に
 
エクソソームはmiRNA(※2)を取り込める。それによって細胞間のコミュケーションが可能になるかもしれない
 
という研究が発表されました。
多くの研究者はこの論文に衝撃を受けて、以来エクソソームの研究が盛んに行われるようになりました。
 

細胞間のコミュニケーション

細胞から放出される物質に「細胞外小胞(※3)」というものがあります。
このうち直径が50~100nmの大きさのものを「エクソソーム」と呼びます。
 
このエクソソームは細胞の中にある「miRNA」や「mRNA」といった「細胞のメッセージ」を取り込むことができます。
そして、メッセージを取り込んだ状態で細胞の外に出て、別の細胞にそのメッセージを伝えます。
たとえば
細胞を増やして
炎症を抑えて
血管を伸ばして
攻撃しないで
といったメッセージが細胞から細胞へと伝えられています。
外界の気温、栄養状態、酸素供給量などの変化に伴って、細胞が体の「調整(コンディショニング)」を行っているわけです。
 
以下の図でイトミミズのようなものがメッセージ(miRNA)、それを取り込んでふよふよしてるのがエクソソームです。  
エクソソームは免疫や環境適応などに深く関わり「生きる上で不可欠」なものです。
その証拠にあらゆる臓器細胞からエクソソームは放出されています。
 
ただ、がん細胞がエクソソームを利用するととても厄介なことになります。
 

がん細胞のエクソソーム

現在がん細胞とエクソソームはとても密接な関係があることがわかっています。
  1. がん細胞は他の細胞より20%エクソソームの放出量が多い
  2. がん細胞のエクソソーム分泌を制限すると転移を阻害できる
  3. がん細胞由来のエクソソームは「がん特異的miRNA」「がん特異的DNA」を持つ
 
1と2からエクソソームはがん細胞の転移メカニズムを支えている可能性があると考えられています。
3の特性から「がんの早期発見マーカー」の開発、「がん細胞由来のエクソソームを狙い撃ちして撃退」などの可能性が考えられています。
 

 エクソソームを使った転移のメカニズム

例として「卵巣がん」を取り上げます。
卵巣がんは腹膜への転移が多いことで知られています。
 
腹膜の表面には突起物(粘膜)があり、がん細胞などの異物は侵入できないようになっています。
図の粘膜にあたる部分がバリアになっていて、突起状のものがみっしりあることがわかります。 

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(https://gastro.igaku-shoin.co.jp/words/大腸の解剖用語)より

 

ここでがん細胞は、自分が直接粘膜に向かうのではなく「エクソソーム」を利用します。
エクソソームの以下の特性を利用してメッセージを伝えます。
  • とても小さいためバリアに引っかからない
  • 成分が粘膜の細胞と同じため簡単に取り込まれる
 
伝えられるメッセージはがん細胞にとって有利な、たとえば「粘膜はもう必要ない」などのものです。
すると、腹膜を覆っていた粘膜が死んで「」ができてしまい、そこにがん細胞がやってきて増殖を行うというメカニズムです。
 
まだ仮説段階の話ですが、このようにがん細胞はエクソソームをうまく利用していると考えられています。
 

 エクソソームを使った治療の可能性

エクソソームとは「細胞から細胞へとメッセージを伝えるもの」でした。
がん細胞はいうなればエクソソームを「悪用」しているといえます。
反対にうまく活用すればガンの治療だけでなく、あらゆる疾患の治療に役立つ大きな可能性を秘めています。
 
間葉系幹細胞のエクソソームは、「疾患や創傷の治癒能力」に関係していることがわかっています。
アメリカでは、この間葉系幹細胞由来のエクソソームを人間に投与する治療の臨床試験が行われています。
 
また、アメリカの研究機関は植物由来のエクソソームを治療に活用とする臨床試験も行っています。
おどろくことに、「グレープフルーツ由来のエクソソーム」に「治療効果のあるmiRNA」を搭載して脳腫瘍に送るのだそうです。
聞いただけでも酸っぱい感じがしますが、このように植物やバクテリア由来のエクソソームを使った治療は今後研究が加速していくでしょう。
 
 
補足
※1.アポトーシス(Apoptosis)
個体をより良い状態に保つために細胞が自ら死滅する「プログラムされた死」
 
※2.マイクロRNA(miRNA)
リボ核酸(RNA)のうち、タンパク質に翻訳されないノンコーディングRNA(ncRNA)の1種にあたる。
 
※3.細胞外小胞(Extracellular vesicles)
従来から知られていたアポトーシスによって放出される「アポトーシス小体」、健康な細胞から放出される「エクソソーム」「微小小胞体(MV)」が存在する。後者が細胞間のコミュニケーションを担う。
参考にしたページ
エクソソーム
細胞外小胞